笑顔が一番。訪問看護のナスコ訪問看護リハビリステーション

こだわりを忘れない

先日、スタッフの理学療法士Cくんから母校の写真を見せてもらいました。

そこには建物全体がひしゃげ、窓の跡とドアの跡が黒くぽっかりと穴が空き、鉄骨や鉄筋がところどころ飛び出した、壊滅した校舎が写っていました。

彼の学び舎は気仙沼。2011年月11日午後2時46分、押し寄せた津波が多くのものを奪っていった最も被害の大きいエリアの一つです。

震災の後、様々な混乱の中で被災地に留まり続ける人々をメディアは取り上げました。その報道を見ながら私は何度も「(被災者たちは)なぜ安全な土地にすぐ避難しないのだろうか」と考えていました。私自身が子供の頃から家庭の事情で何度も引っ越しを経験しており、地元愛という感覚が薄い人間だったから、ということもあるのかもしれません。

しかし当時、その経験とは別個の、個人主義的考えが私を支配していました。

震災の4年前、私は旅に出ていました。東南アジアを皮切りにインド、中東、アフリカ、ヨーロッパを回りました。いわゆる観光旅行とは違って、バックパック一つきりの放浪旅行でありました。

 


サハラ砂漠で自撮りをするわたくし平山ロン毛ver.

 

旅ではとにかく持ち物を少なくするよう努めました。必要だと思って持って行った物も、不要と分かれば旅先で売ったりあげたりしました。日本を出発した時でさえ、着替えについてはTシャツ3枚、ジーンズ1枚、下着3枚くらい程度しか持っていなかったと思います。旅慣れてくると不便さはありませんでした。

様々な国を回っていると、少しずつ積み上げられてきた自分の生活ルールが全く通用しないことを経験します。

それはその国(国にあっても地方ごと)の慣習であったり、宗教的なものであったりするわけですが、結局その差異を埋めるためには「郷に入っては郷に従え」で、とにかく自分のこだわりや決め事をなくし、現地の生活にすり合わせていくことでした。

「一日の最後に熱い風呂に入る」

「朝起きたらまずシャワーを浴びる」

「朝食はパンで卵は半熟で」

そんな日本での私の生活ルールは成立しない。

東南アジアではシャワーなんてものはあればいい方ですし、もしも温かいお湯が出たら泣いて感謝しました。清潔な寝床は個人宅に泊まった時くらいなもので、簡素すぎて屋根もないところや、やむを得ずトイレで泊まったこともありました。

しかし一見不便に見えるこの生活は、慣れてしまうととても楽でした。誰にも、何にも自分の価値観を押し付けない(押し付けたくても押し付けられない状況でもありますが)ということは、結局のところ自分を押し殺すことではなく、まとっていた甲冑の留め金がガチャガチャと外れていくような、素体感覚とも言えるような身軽さがありました。

約1年間の旅が終わり、日本へ帰ってきてからも極力物は増やさず、こだわりに囚われない生活を続けました。

私の生活にも様々な変化が訪れました。変化のたびに少しずつ物が増えていきましたが、それでも旅で身についた素体感覚はどこか残っていて、再び旅に行きたいという衝動をはらんだまま、生活は続いていきました。

そして東日本大震災が起き、私には危険なエリアに留まる人々が疑問でしたし、その故郷に縛られていることとで更なる問題が生まれていくことにも理解が及びませんでした。

そんな私が昨年結婚し、子供が生まれ、今までにない大きな変化を経験しました。古巣を引き払い、家を建てました。新しい家には愛着とこだわりが生まれました。これまで家をhouse(建物)でしか捉えていなかったものをhome(家庭)と感じるようになったのです。もちろん家だけではありません。お気に入りの食器や家具もあります。生まれて初めて土地の中で、脈々と紡がれる歴史の片鱗を感じました。

私の仕事は病院での治療、施設での療養生活が考えられる方でも、ご自宅に医療の目、介護の手が入ることでご自宅での生活が継続できるようにサポートすることです。

その大前提にあるのは「家に帰りたい。自宅で過ごしたい」という感覚です。

多くの訪問看護ステーションの標語のように使われている「家に帰りたい。自宅で過ごしたい」という言葉の中には、単に自宅にさえいられればよいというものではなく、こだわりの生活の場(近所付き合い、家族、物、土地、そして自分ができること)としての自宅という意味があります。

例えば健康な人が「立ち小便をしたい!」という出来て当たり前のことを誰かに訴えた時、それをこだわりが強いと指摘する方はいないでしょう。

しかし、ご自身の力だけでは立つことができない方は同じ「ああ立ちションベンがしたい」と希望しても、それはこだわりとなります。

「住み慣れた自分の家に帰る」

「使い慣れたベッドで寝る」

「愛しい家族と一緒に過ごす」

「気心知れた友人と酒を飲む」

「嫁の作った味の濃い料理を食べる」

「タバコを吸う」

小さなこだわりの実現をお手伝いしてくことで、皆様の幸せや笑顔につながっていく。

被災地の方がなぜ故郷を離れなかったのか。

今なら、その理由がわかります。

平山亮

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